福富千恵について
延岡で生まれ、育ち、子どもを育て、 福祉の現場で働いてきたからこそ、 私には、届く声があります。
福富 千恵
ふくとみ ちえ
1973年12月27日生まれ
延岡で生まれ育ったこと
私は延岡市川島町で生まれ、川島町で育ちました。
延岡という土地で育った経験が、今の私の原点になっています。
保育現場で働いた経験
宮崎県立延岡商業高等学校を卒業したのち、聖心ウルスラ学園短期大学 幼児教育学科で学びました。
その後、市内保育園や市内企業内託児所で勤務し、子どもたちや保護者の方々と向き合う日々を過ごしました。
この経験に関連する提言
結婚と子育て
結婚を機に仕事を退き、長男、長女、次男の3人の子どもを授かりました。
10年の結婚生活を経て婚姻関係を解消し、その後は女手ひとつで3人の子どもを育てることになりました。子育てをする中で、延岡の制度や地域の支え合いについて、当事者として感じることが数多くありました。
この経験に関連する提言
3人の子どもを育てた経験
3人の子どもを育てる中では、なりふり構わず、昼夜を問わず働く日々を過ごしました。生活も気持ちも、決して平坦な道のりではありませんでした。
シングルマザーとして3人を育てた経験は、私が地域の子育て支援を考えるうえでの土台になっています。3人の子どもは、現在は成人しました。
この経験に関連する提言
子どもの病気や入院
子育ての中では、子どもが病気になり、手術のために入院することもありました。
そのときも長期で仕事を休むことができず、子どもにも寂しい思いをさせてしまいました。そうした経験を通じて、医療や福祉の制度がどれだけ家族の支えになるかを実感しました。
この経験に関連する提言
制度や手続きの複雑さ
自分の住むまちにどのような支援制度があるのか、支援を受けるにはどのような手続きが必要なのか、どのような条件が必要なのか、知る余地もなく、たどり着くことが難しいと感じる経験もしました。
この経験が、スマートフォンでの行政手続きの推進など、私の提言の背景になっています。
この経験に関連する提言
支援を求める難しさ
困っているときほど「助けてほしい」と声を上げることが難しいと感じる場面がありました。
だからこそ、支えてほしいときに支えてと言える延岡を目指したいと考えています。
この経験に関連する提言
障がい福祉との出会い
様々な経験を経て、障がい福祉の分野と出会い、市内の障がい福祉事業所で多くを学びました。
その後、独立して障がい福祉事業所の運営に携わるようになりました。
この経験に関連する提言
障がい福祉事業所の運営
現在は障がい福祉事業所の運営に携わり、特定非営利活動法人 とまりぎ荘の理事長を務めています。現場の実態や経営について、さまざまな問題や課題に直面してきました。
また、保護司としても地域に関わっています。
この経験に関連する提言
介護する家族の負担
福祉の現場に身を置く中で、介護をする家族の負担の大きさを日々感じています。
支える側にも支えが必要だということを、現場から伝えていきたいと考えています。
この経験に関連する提言
地域で支え合う必要性
生きている限り、サポートを必要とするのはお互い様です。
支え合い、助け合い、協力することが、特別なことではなく、当たり前になる延岡を目指します。
子育て、介護、福祉、生活の中で、一人で悩み、声を上げられずにいる方に届く仕組みをつくりたいと考えています。
この経験に関連する提言
最終更新:
どん底を生きてきたからこそ、 伝える・変える自信があります!
あなたと一緒に延岡を動かしたい! 地域のために、ともに働きたい!
本人への連絡
後援会事務局・ホームページ・Googleフォームに関するお問い合わせは お問い合わせページ をご利用ください。福富千恵本人へのご連絡は、以下のメールアドレスまでお願いします。